漆塗り 屋台

7月半ば

曜日も昼夜も問わず、日々漆塗りに勤しんでおります。

お預かりしている祭り屋台は5台。工程としては最終コーナーを迎えています。

 

こちらは先代妻鹿屋台。

先日妻鹿町の虫干しの折、資料館での写真です。

数日前、出仕事先の屋台蔵でも、そこに佇む輝く屋台を見上げ、気合いが入りました。

そのようにして、完成の様子を思い浮かべ頑張っています。

もちろん各町の皆様の顔も浮かびます。

 

あと2ヶ月。

ことしは節目となる年。
平成最後のこの夏、一所懸命精一杯屋台と漆に向き合います。

 

漆塗り 屋台

裏方の祭り

 

三月も半分を過ぎ、今年お預かりしている屋台の納入まで半年を切りました。
泰然自若、とはまだいきませんが、焦らずじっくり、日々コツコツと進めてまいります。

年度末・年度初めということで外出する用事も多いので、効率的にこなすことが必要です。

元来、頼まれごとを断れない性格で、なんでも受けてきた結果が今。自己責任です。この仕事を生業として23年、今までもなかなかのハードな状況も乗り越えてきました。

気合を入れて、全部を真っ当にやり抜けるように頑張ります。

 

 

さてこの仕事は職場での作業はもちろんのこと、現場の仕事も多くあります。
それは祭り前の屋台蔵を廻らせて頂いての手入れと、祭り当日の帯同です。

自治会や祭典から要請を頂いて、当日屋台に付かせて頂いているのは
恵美酒宮都倉屋台、灘の東山屋台・妻鹿屋台です。

祭りは氏子の皆さまが主役。わたしら職人は裏方です。
もちろん単について歩いているのではなく、屋台の保守点検・緊急時の現場修理が目的です。

 

特に妻鹿屋台は皆さまご存知の胴突きがあるので本当にいろんなことがおきます。

その中でも去年の祭りは経験のないことが起きました。
15日の宮の前で擬宝珠の芯木が折れてしまいました。

おりからの雨。
一番最初に思ったのは、屋根の側に残っている芯木が抜けてくれるかどうかでした。

雨が降って芯木にまで水が回ると膨れて摩擦が増し、擬宝珠を二人で向き合って抱え込んで引っ張っても、なかなか抜けないことがあります。

それに加え、擬宝珠が飛んだので腕で抱え込むこともできません。芯木自体を掴み、引き抜くしかありません。

 

擬宝珠が飛んだまま練場を一周し、潮掻きのところで据えられた妻鹿屋台。

急いで屋根に上がり、抜けるか試みました。案の定、固くなっていて抜けない。
通常、紋の上や総才の上に立ち、抜くのですが、力が斜めからになりびくともしませんでした。

どうやっても抜けない。
仕方がないので露盤の天板の上に立ち、真上から垂直方向に一気に力を込めました。
すると、何とか抜けてくれました。

25年付いてますが露盤の上に立ったことはさすがにありません。
想定外のことが起こるものです。

その時の写真がこちら。とある方から頂きました。

この芯木の赤丸のところを握って抜いたわけです。

そうしているうちに、スペアの芯木をお願いしていた大工さんを含め、連絡を回していた職人衆が屋台そばに集結し、
5分か10分も掛からなかったように思いますが、その場で直すことができました。

 

ちなみに妻鹿屋台には大工さん3人、金具師さん3人、彫刻師、我々塗師3人の10人体制。

何が起きるかわからない妻鹿屋台ですが、付いている職人で大概のことは対応します。宵宮の晩は持ち帰って修理もします。

氏子の皆様のええ祭りのために少しでもお役に立てるということ。

それが我々裏方の祭りです。

 

 

漆塗り 屋台

御幸町屋台

 

本日、飾磨恵美酒宮 御幸町屋台をお預かり致しました。
屋根の漆塗り直しと、付随する各所の漆塗りと箔施工です。

このたびは、屋根鏡・昇り総才は下地を含めて全工程漆塗り新調です。
かといって、下地を木地まで剥離あるいは削り出すというようなことは現実的ではないので、この場合木地自体を触ります。
(下地をめくらずそのままで、旧の上塗りの上に塗りだけを重ねて修復する場合は『塗り替え』と呼んでおります。)

ということで、まずは大工さんによる野地板の張り替え作業からです。

 

こちらは10月下旬、大工さんに搬入時。作業前です。

 

昇り総才を外し、野地板を切削します。

 

野垂木についても新調しますので取り払います。
過去一度だけ野垂木を再利用して野地板のみの張替えで塗り直したことがありますが、通例、野垂木もさらにします。

隅木、軒、水切のみになった状態。
ここから再構築します。

 

野地板を貼っていく様子。

 

昇り総才が取り付けられました。
当初昇りは現状のものを補修して使用する予定でしたが、役員の皆様と協議の結果新調致しました。精度の面、傷み部分の補修の手間、強度等勘案した結果です。

 

露盤受けの部材取り付け、紋木の穴加工を経て木地修復完成、
今朝うちの職場に預かりました。

張りの比較的浅い肩と相対的に伸びやかな印象となっている水切りは横方向に大きく感じられ、珍しい総反りのきれいなラインが、なお一層優美な雰囲気を醸成しております。。

 

これで今年度の全ての屋台のお預かりが完了しました。
季節も進み、朝晩の冷え込み以外は日中は暖かくなり、漆塗り作業が捗る環境です。
腰を据えて、秋まで半年、じっくり丁寧に作業を進めてまいります。

 

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さて久しぶりの更新でした。

確定申告や、いろいろお受けしている地域の役の年度末所用でバタバタしていたうえに、本業も一日でも早く、という作業が詰まっておりました。もちろん前述のとおり漆塗り本番の時節柄、これからも秋まで時間に余裕がありません。

こんかいのHPリニューアルに伴って、この日記ページも刷新、スマホからも更新できるなど便利になったものの、いかんせん無い袖は振れんということで、限られた(ケツの決まった)時間を有効に漆塗りという主体作業に振っていかねばなりません。

とはいえ、心まで余裕がなくならないように。コツコツがんばります。

 

開きがちになるとは思いますが、ほったらかしにはしませんので折に触れ覗いて頂けましたら幸いです。

 

 

 

漆塗り 仏壇, 漆塗り 屋台

堅地 飛ぶ龍

 

屋台屋根の漆塗り。
木固めのあとは、ようやく下地に入っていきます。


生漆(きうるし)。

ウルシノキから採取した漆からゴミをとったものです。

先日のNHKプロフェッショナルで放送されていた日光東照宮の現場も全てこちらの漆でしたね。京都の堤浅吉漆商店さんのものです。堤さんは漆の精製業者さんです。


経験に基づいて地の粉・砥の粉その他と練り合わせていきます。少々労力が要ります。


練り上がった堅地(かたじ)。
屋台屋根は面積が広いので大量の堅地が必要です。

塗師によって様々な手法があるようですが、うちの漆塗りの下地は全てこの堅地を使用します。(彫刻は除く)

それは、『下地も漆』というお題目のためではもちろんなく、仕上がりや耐久性を鑑みて堅地が一番優れているという判断からです。さらに言えば、歴史がある。

お手軽な化学材料は仮に優れていたとしても、長い時間が経過した時の検証が到底少ない。

コスト削減よりも仕上がりが優先。
それが私どもの姿勢です。

この堅地を、あいだに麻布を挟みながら、ゆっくりじっくり20層以上重ねていきます。
ここまではガマンの日々ですが、ここからはいよいよ進んでいくなぁ、と実感できる工程となり、テンションが上がってきます。

 

さて、まもなくお納めする漆塗り修復のお仏壇。珍しい狭間彫刻が付いています。

中央に対の龍が飛んでいます。

祭りの彫刻を見慣れている目にも、とても良い感じです。

お納めしましたら、またご紹介させて頂きます。

 

 

漆塗り 屋台

前準備

 

漆塗りというと、塗る、というイメージですがもちろんその前に下地が必要です。吸い込みを防ぐ目止めと、『場』をつくるという二つの意味があります。

この下地がとても大切です。祭り屋台の神輿型屋根でいうとこの下地作業が大半です。

 

ですが、この長い下地工程に入るさらに前の工程もこれまたとても重要です。これを木地拵え(きじごしらえ)といいます。

屋台をされる大工さんは少なくありませんが、漆を塗らせて頂いてお納めする段になったら、どの屋台も変わらぬ仕上がりを求められます。

そうするために、うちの漆塗りに必要な条件を整えるよう、大工さんの様々な手法で成された白木木地を、こちらで少し手を加えさせて頂くというわけです。色んなところに経験に基づいて留意点があります。

 

いま神輿型屋根は3台預かっておりまして、姫路の職場の二台は木地拵えが完了しました。


向かって右は高丘神社辻井屋台。刻苧(こくそ)まで、左の魚吹 津市場北屋台はようやく木固め(生漆を吸い込ませる工程)まで来ました。

とにかく長い長い道のりです。

 


こちらは夢前コウバ。
西細江屋台の木地拵えの真っ最中です。

 

連日の冷え込み。独りで延々黙々と続く作業。

禅寺の雲水さん、くらいの心持ちです。
(雲水さんゴメンなさい)

 

漆塗り 仏壇, 漆塗り 屋台

偶然

一昨日の月曜日、あらたなお仏壇をお預かり致しました。修復のご依頼です。

いわゆる『せんだく(洗濯)』というお仕事です。
まずは一度完全に分解し、溜まった埃や汚れを落とします。その後、傷んでいるところを修復し、適宜漆塗りや金箔押しを施し、再度組み立て。お仏壇がサラのように蘇ります。

本年度はおかげさまで、多くの漆塗りのご依頼を頂戴しております。
悠長にしている暇はありませんので早速ばらします。

このたびの仏壇は、扉等、外装は漆の塗り直しが必要ですが、宮殿(くうでん)や彫刻を含め、内側は汚れ落としと小修理で済みそうです。
お客様がご希望の春の完成にうまく間に合いそうです。

 

さてうちの仕事には、そんな「うまくいく」というような、ちょうど都合の良い偶然がよくあります。

ほんの一例ですが、職場の寸法。祭り屋台の漆塗りにぴったりなんです。

店(職場)の建物の幅は5mほどですが、祭り屋台を2台並べて作業するために、どちらもうまく回転させるのにちょうどピッタリの寸法。あと5センチ狭くても回せません。広い分にはいくらでも良いように思いますが、湿度温度をうまく管理するためには少しでも狭いほうがいいのです。そんな風に見るとうちの職場(オモテ)は祭り屋台2台分にちょうど図ってこしらえた室(ムロ)のようです。

 

お越し下さったことのある皆様はよくお分かり頂いていると思いますが、こんな感じです。

こんな感じなんですが、この白木屋根の左の総才端を見てみてください。


隣の屋根の野地板とのクリアランス、1センチほどしかありません。

ほんとに助かります。たまたまのことです。
右の屋根が高かったり左の屋根が低かったりして当たるとなれば、再度屋根を起こし噛ましている台を外し、加工しなければいけません。

ほかにも部品を入れるセイロに部品がちょうど隙間なくピッタリ収まったり。まあこれは、尺貫法によってそうなってくるだけのことかもしれませんが。

 

とにかく、あぁラッキーってことに恵まれています。
いろんな助けられていること、小さいことにも気づき感謝していきたいです。

 

漆塗り 仏壇, 漆塗り 屋台

刻苧3

ご飯をすり潰して作る糊、続飯(そくい)です。

『弁慶の続飯』という話しがあります。

あるとき牛若丸と弁慶は続飯を作るよう命じられました。力持ちの弁慶、容易いとばかり、お櫃いっぱいのご飯を大きな板の上にひっくり返して、大きな箆(ヘラ)練り、またたく間に大量の続飯を作り上げました。

豪快に糊を作る弁慶、
一方少しずつのご飯を一粒ずつ力を入れてつぶす牛若丸。

さて、出来上がってから使ってみたら弁慶のものは練りが足りず、ところどころに米の粒が残り続け、使いものにならなかった。

対して、牛若丸の方は着実に米を練り上げ、粒が残らないキレイな糊が完成しました。

何事も「こつこつ」が大切、と伝える故事です。

 

刻苧を練っているとき、このことをいつも思い出します。

それと、もうひとつ。
続飯を作るには結構腕力体力が要ります。このあと延々と続く堅地(かたじ)づくりの腕慣らしになっています。

 

さあ、続飯と諸々を混ぜ、最後に生漆を練り込みます。

このあともう一工夫を加えます。

 

出来上がった刻苧を屋根木地の割れや野地板の継ぎ目に付けていきます。

ここも、もちろんこつこつ。

いえ、漆塗りは全部こつこつ。
ひとつの工程を丁寧に着実に。仕上がりに関わりのない工程は何ひとつ無いのですから。

急いでろくなことはありません。

 

漆塗り 仏壇, 漆塗り 屋台

刻苧2

苧は’からむし’と読みます。

麻の古い呼び名で、繊維の意味合いです。刻苧は、それぞれの職人で経験に基づき混ぜ合わせる中身が違います。

うちでも挽粉をメインとして、長年のやり方がありますが、10年ほど前にさらなるヒントに出会いました。

大阪大学で漆の講座があるとのことで、たまたま知ったのも縁だと思い、月一回ぐらいだったか連続講座に半年ほど通いました。

大学教授と漆工芸家による講座でしたが、その中でこの刻苧の話しになり、興福寺の阿修羅像修復時のことに触れられました。

その内容は、思っていたことと反することで、とても参考になりました。

その連続講座の講義録はいまどこに行ったかパッと分かりませんが、本当に大事なことは頭に入り、メモなど見なくとも残るものですね。

 

つぎに「つなぎ」となる糊。うちは炊いたご飯から作ります。

 

つづく

 

漆塗り 仏壇, 漆塗り 屋台

刻苧

先日とある方に、手ェきれいな、と言われました。漆でよごれてないな、という意味です。

漆塗りは、祭り屋台は特に、漆を使い始める前の下準備が結構な時間を要します。大工仕事というと本職の大工さんに叱られますが、屋台を分解するというだけでなく、ノコギリ・鉋・金槌を使ってお預かりした白木屋台の木地を、漆塗りを重ねていける状態に拵えます。

先の秋祭りが終わって早2ヶ月半になりますが、そういう理由でまだ手が普通の手です。

 

それで、今ようやく二台分の木地が整ったので漆の出番を迎えました。まずは刻苧(こくそ)です。

辞書を引くと、

【刻苧】漆に繊維くずや木粉を練りまぜたもの。漆塗りの下地の合わせ目・割れ目などを埋めるために用いる。

とあります。その通りで、職人によりノウハウがあると思います。

メインとなる挽粉を用意します。キメを揃えるためにふるいに掛けます。

 

つづきます。

 

 

 

漆塗り 仏壇, 漆塗り 屋台

系譜

 

週明け朝一はとある寺院さんと打ち合わせでした。

その中で菱灯篭のお話しになりました。

表されていた年号は昭和12年、実に80年前のもの。

そして、作者の銘もありました。

姫路  飯塚製  とあります。

いま祭り屋台の錺金具で広く知られる竹内さんの先代、竹内雅泉師の親方、飯塚友次師です。

父によると、飯塚さんは姫路 産業道路沿いの博労町、つい最近まで姫路信用金庫があったところのほん近くでされていたそうで、その更に親方は荒川さんやそうです。

 

職人の技には必ず系譜があります。歴史に触れた出来事でした。