私信

暖かい冬

 

気が付けば二月半ばです。

前回更新以降、新年に伴う諸々の行事や催しが多く続きました。
いくつかご紹介させて頂きます。

 

1月11日土曜日、地元のとんど祭り。

いまの時代街中で、しかも小学校の校庭で大きく火を燃やすことがいかに凄いことか。
ほかの校区からのご来賓と話をしていて教えられました。

確かに。

毎年のことなので当たり前に思っていましたが、ほかの地区は殆ど無くなっているそう。
全国的には、花火・盆踊り・除夜の鐘・・、様々なものにクレームが入り廃止になっているケースも聞かれます。

続けられる限り守っていきたいものです。

 

 

1月12日日曜日、姫路市消防団出初式。

前回の日記で宣言して、少し後悔しながら迎えた本番です。

結果、

なんとか迷惑を掛けることなく終えられました。

下で支えて下さっている先輩方に報いるためにも、血管を浮き上がらせて反り返りました。
一番怖い『背亀』もえいやっ、と勢いをつけてガンっと行くことが出来ました。

ある意味1月に待っていた用事で一番気掛かりなのがこれでした。

安堵安堵、。

 

 

1月14日火曜日、播磨國総社恵比寿祭り、寶恵駕籠(ほえかご)行列巡行手伝い。

自治会からの頼まれごとで手伝いに行ってきました。
福娘さんを乗せた『駕籠』を練り上げ、姫路のまちなかに福を届け歩く祭りです。
8年ぶり二回目の参加です。

 

本業の漆塗りでは、祭り現場は我々はあくまで裏方。担ぐことはありません。

いつもそばで練子の皆さんの盛り上がり・興奮・上気のおすそ分けを感じさせて貰っているわけですが、その少し真似事が出来たような一日でした。

 

正直、  とてもたのしいですね。

Twitterでも書きましたが、地元で一緒に育った仲間・こどもたち・町内のおっちゃんおばちゃんと、皆で拵えた屋台を担ぐなんて、楽しいに決まってるなと思いました。

ただそのあと一週間、肩の痛みはなかなかのものでした。
この部分も、屋台の祭りをいつもされてる皆さんの疑似体験が出来ました。
こんな感じなのですね・。

 

 

1月15日水曜日、姫路納税協会青年部会、租税教室手伝い。

小学生に税金の大切さに気付いてもらうためのボランティア活動です。

上記の団体にかれこれ15年以上在籍していますが、普段忙しさにかまけて殆ど活動やお手伝いが出来ていませんでした。そんな中、ようやく事業らしい事業でした。

 

わたしはこの日が初日だったのでまずは先輩の模範授業を見学と補助。

ふむふむ、なるほど。子供たちはこんな感じで聞くのか。
中学校高校を訪問してお話をしたことはありますが、小学校は初めてです。

じっくり二コマ、手伝いをさせて貰いました。
面白いなと思ったのは教室の温度。もちろん気温のことではなく、子供たちのテンションです。

全く同じ内容なのにクラスが違うと全然違う。
思うに担任の先生がつくられている普段の空気の違いでしょうね。

興味深かったです。

 

次の週23日に、別の小学校で講師としてもデビューしてきました。
祭りのある地域の小学校だったので、導入部分で屋台の話し、漆の話しを少しすると楽しそうに聞いてくれ(たような気がし)ました。笑

 

 

1月24日金曜日、地元船場本徳寺にて消防訓練。


(待機中の駐車場)

実は私の所属する船場分団は姫路で一番最初に出来た消防団です。

その根拠になったのがこの本徳寺、通称船場御坊。
御坊さん専属の火消しがありましてその流れで今に至る、というわけです。

次の日の朝刊にも少し取り上げて頂きました。清清しいお天気でした。

 

 

さて、こちらはウチ手製の漆塗り夫婦箸。

新年会もたくさん出席してきまして、その中の一つで記念品で何か、と求められ用意したものです。

蒔絵の入ったお箸はよく売られていますが、そこはあえて、逆に漆塗りのみの仕上げです。
というと、それはシンプルなようですが、とても手間が掛かります。
なので商品化は出来ておりません。

 

 

1月27・28日 月・火、お伊勢参り。

「伊勢神宮の五十鈴川で水行(みずぎょう・!)あるんです、一緒に行きませんか。」
とある方に誘われて、、。

なんでもハイと答える性分をかなり後悔しました(するまでは・)

 

まあ、とにかく、濃いい、濃い過ぎる体験をしてきました。
語りだすと昔の手作り時代の日記のように超長文になるのでひとまず割愛します。

いやぁ、しかし良い体験をさせて頂きました。
あいだあいだの講話も素晴らしかった。

 

 

伊勢初日、その時のお仲間の皆さんと夫婦岩にて。

ちなみに伊勢の二日間は台風並みの低気圧の接近・通過でまるっきり本降りの雨、
この二見浦は完全に嵐・。

 

 

そばにある歴史的建造物、賓日館(ひんじつかん)見学。

明治時代に皇族の宿泊のために建てられたものだそうです。

造りもさすがに素晴らしかった。いっぱい写真を撮りました。

 

 

色々略、ですがすこしだけ。

 

初日の21時過ぎでしたか。
夜の帳も降りてとっぷり、辺りはずっと雨、格好はフンドシ一丁。
二十数名、無言で道路を裸足で歩き、五十鈴川河原へ。
ほぼ真っ暗闇。
先頭の雪洞(ぼんぼり)を持った先達さんは何の躊躇もなく全くの無言で、
普通の散歩のように冬の川へ。折からの雨で増水した刃物のような五十鈴川。

 

あ、ありえへん、、、

 

裸足で冬の雨の中河原までの道のり、
それだけですでに異常な震えが起きている我が身。

 

講師の方、

「無理はしないでくださいね、無理をして入るものではありません。」

「足だけでも構いません」

 

・・・。よし、、逃げよぅ、  無理はあかんゆうてはるもんな、、 よし、

 

ところがところが、女性陣も白装束にて全員入られるとのこと。

終了ー。  逃げられるはずもありません、。

 

しかして、  果たしてきました。

とんでもなく、とてもキツイことでしたが、達成感も半端なく感じられました。

 

書きたいことがいっぱいありますが、ひとつだけ、

「殆どの方がリピートされます。」  ・・・

 

 

翌早朝の内宮参拝。この旅が令和二年の初詣となりました。

 

 

 

2月8日土曜日、日帰り名古屋研修旅行。

トヨタ産業技術記念館。

 

 

その中で、たまたまですが特別展示で『木組み』の催しをされていました。

 

 

大変良かったです。日本は素晴らしい。

 

 

驚いたのはこちら。みなさん何かお分かりでしょうか。

『ギタード』というものらしいです。

そばにあった解説文をそのまま載せますね。

『ギタードは、平面図並びに立面図の両方において円形もしくは楕円形の輪郭を持つ、3次元曲面を有する木製の部材の組み合わせです。これらは、ドーマーやバルコニー、ポーチの屋根など、片持ち梁の屋根を構造的に支持するように設計されます。1700年代に最初にフランスに出現したギタードは、エリートの身分を象徴するものでした。現在それらは、コンパニオン大工となるための作品(傑作)とされることが多いのです。』

 

この写真でも少し伝わるとは思いますが、実際目の当たりにしますと中々のものでした。
日本もすごいけど、フランスもやるな、などと思いました。フランスの方、スミマセン。

 

 

こちらはその流れで展示されていました『フランス式架台』。

 

その複雑さ、精緻さに目を見張りました。
時間の限り見入ってしまいました。

スマホで見て下さっている皆様も是非パソコンの大きな画面でご覧頂きたい。
胸が熱くなりました。

 

余談ですが、興奮のままにその場から心安い大工さんに写メとメッセージで伝えたら、

「衝撃!! 外人なめとったらあかんね!  頭がいたい!」

って返ってきました。分かりますほんとに。

 

 

少し主題から外れますが、思ったのはやはり、富と工芸の関係。

上のギタードの説明文にも「エリートの身分」などの記述がありますし、日本でももちろん、大名や富豪があってこそ各種工芸の深化と拡がりが為されてきたわけです。

時代は下り現代社会。
富の分配、格差の縮小と同時に、工芸の′針の先のもの’の需要が危機的に減ってしまっているのが現状です。
もちろん古いものの価値は相対的に上がるので、現在の造り手はまったく楽ではない時世です。

 

何かで突き抜けるということ。その大事さをあらためて思いました。

 

 

 

 

 

さてそんなバタバタも過ぎ、今はようやくひと段落し日常。

きょうは時間を割きこれを書いていますが、毎日黙々と屋台・仏檀などに向かい手を動かしています。

もちろんバタバタのときでも、何かで抜けた時間は休日返上&夜なべできちんと仕事はしております。
自営業に余暇はありません(要領がわるいだけですが・)。

ですが今後はもっと、腰を据えて鋭意本業主体作業に励みます。

 

年が明けてから、新たなご依頼三件と、次年度以降のお見積もり依頼も数件頂戴しており、走り回っています。
大変光栄で、心から感謝しております。誠に有難うございます。

 

 

ほぼ寒くない暖かい冬の日々、
少しの気持ち悪さを感じつつ、一方で作業をするにはとても快適で助かっています。

立春も過ぎ、まもなく本当の陽春です。
引き続き頑張ってまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します。