連日夏空が広がっています。
日本には四季がありそのそれぞれの風景が、繰り返す日々にメリハリを付けてくれます。
人生もそうですよね。
流れる日常の中に時折はっきりとした変化があったりして、惰性を免れさせてくれます。
うちには子供が二人居りまして、もう数年で社会人です。
普段は特に意識はしませんが、ふと気付く子らの成長の様子を見て、
客観的にあぁ何とか親の務めを果たせているかなと恥ずかしながらも安堵したりしています。
人は何のために生きているか。
意味がある。意味はない。
どちらかは知りませんが、夥しい「経験(行動)」がある(あった)ことは事実です。
救われるのは、だらだら何もしないゴロゴロも、「だらだら何もしないゴロゴロ」という“経験(行動)をしている”らしいです。
それで良いんですよ、と言われたようで助かります。
つい、成果は?と自省しがちです。
けれど全てが経験(行動)であるなら行先設定の無い人生でいいのかもしれません。
風景の移ろいをぼんやり見ながら、、
生きてりゃいい。
そんなことを言い出したのも、もう『秋』に差し掛かっている証拠かもしれません。