ヘラを置き

この一週間は本業の進捗がかんばしくありませんでした。職人といえども一事業者。

平成29年度分の税金云々で時間を取られてしまいました。
今後のことを想ってインターネットでの申告(ELTAX)を図りましたが諸々の壁により断念。
手書きで申告をしました。デジタルはたいへんですね・・

国民一人ひとりの納税で国や地域が回っているのは当たり前ですし、よく分かっています。
いつも思うのは、一部の不正を働こうとする人たちを防ぐために発生するコストがとんでもなく掛かっているんだろうな、ということ。正しい納税を守るためのコスト。これは何も生み出していませんよね。この歳になって絵空事を言うと笑われますが、みんながちゃんとしたらその無駄省けますのに。

余談ですが、かつて15年くらい前だと思いますが、ひょんなことから大阪国政局から『国税モニター』という役を仰せつかっていたことがありました。

そのとき国税のお偉いさん方との会合の中で、ある職員さんが「税金の取りっぱぐれがないように、、」と話されたことがありました。その方は、あっ、という顔をされ、すぐに言い直されていましたが、徴収する側の方々の意識を垣間見た瞬間でした。

われわれ国民は「みんなで良い国、いい町を守るためにきちんと納める」
行政の方々は「皆さんから集まった大切なお金」
と、思えるようになりたいですね。

 

さてヘラを置く、というと先週の土曜日に漆のお話しに出掛けていました。

姫路市文化財保護課からのお声掛けで、姫路文化財保護協会会員さんを対象にという講座でした。
文化財、なんてたいそうなことは話せないので、自分の知る範囲の漆の話しや普段からの取り組みをお話させて頂きました。

職場の漆塗りは止まりますが、漆に少しでも興味を持って頂く良い機会になればうれしいですし、自分の中でも考えが整理できたり、プラスも多いです。なおかつこんかいは新たなご縁を二つも頂きました。とても有り難いことです。

 

出会い、は「出て会う」。

じっくり座って向き合う職場の作業も、出掛けること(発信)も、どちらもとても大切です。

 

刻苧3

ご飯をすり潰して作る糊、続飯(そくい)です。

『弁慶の続飯』という話しがあります。

あるとき牛若丸と弁慶は続飯を作るよう命じられました。力持ちの弁慶、容易いとばかり、お櫃いっぱいのご飯を大きな板の上にひっくり返して、大きな箆(ヘラ)練り、またたく間に大量の続飯を作り上げました。

豪快に糊を作る弁慶、
一方少しずつのご飯を一粒ずつ力を入れてつぶす牛若丸。

さて、出来上がってから使ってみたら弁慶のものは練りが足りず、ところどころに米の粒が残り続け、使いものにならなかった。

対して、牛若丸の方は着実に米を練り上げ、粒が残らないキレイな糊が完成しました。

何事も「こつこつ」が大切、と伝える故事です。

 

刻苧を練っているとき、このことをいつも思い出します。

それと、もうひとつ。
続飯を作るには結構腕力体力が要ります。このあと延々と続く堅地(かたじ)づくりの腕慣らしになっています。

 

さあ、続飯と諸々を混ぜ、最後に生漆を練り込みます。

このあともう一工夫を加えます。

 

出来上がった刻苧を屋根木地の割れや野地板の継ぎ目に付けていきます。

ここも、もちろんこつこつ。

いえ、漆塗りは全部こつこつ。
ひとつの工程を丁寧に着実に。仕上がりに関わりのない工程は何ひとつ無いのですから。

急いでろくなことはありません。

 

刻苧2

苧は’からむし’と読みます。

麻の古い呼び名で、繊維の意味合いです。刻苧は、それぞれの職人で経験に基づき混ぜ合わせる中身が違います。

うちでも挽粉をメインとして、長年のやり方がありますが、10年ほど前にさらなるヒントに出会いました。

大阪大学で漆の講座があるとのことで、たまたま知ったのも縁だと思い、月一回ぐらいだったか連続講座に半年ほど通いました。

大学教授と漆工芸家による講座でしたが、その中でこの刻苧の話しになり、興福寺の阿修羅像修復時のことに触れられました。

その内容は、思っていたことと反することで、とても参考になりました。

その連続講座の講義録はいまどこに行ったかパッと分かりませんが、本当に大事なことは頭に入り、メモなど見なくとも残るものですね。

 

つぎに「つなぎ」となる糊。うちは炊いたご飯から作ります。

 

つづく

 

刻苧

先日とある方に、手ェきれいな、と言われました。漆でよごれてないな、という意味です。

漆塗りは、祭り屋台は特に、漆を使い始める前の下準備が結構な時間を要します。大工仕事というと本職の大工さんに叱られますが、屋台を分解するというだけでなく、ノコギリ・鉋・金槌を使ってお預かりした白木屋台の木地を、漆塗りを重ねていける状態に拵えます。

先の秋祭りが終わって早2ヶ月半になりますが、そういう理由でまだ手が普通の手です。

 

それで、今ようやく二台分の木地が整ったので漆の出番を迎えました。まずは刻苧(こくそ)です。

辞書を引くと、

【刻苧】漆に繊維くずや木粉を練りまぜたもの。漆塗りの下地の合わせ目・割れ目などを埋めるために用いる。

とあります。その通りで、職人によりノウハウがあると思います。

メインとなる挽粉を用意します。キメを揃えるためにふるいに掛けます。

 

つづきます。

 

 

 

系譜

 

週明け朝一はとある寺院さんと打ち合わせでした。

その中で菱灯篭のお話しになりました。

表されていた年号は昭和12年、実に80年前のもの。

そして、作者の銘もありました。

姫路  飯塚製  とあります。

いま祭り屋台の錺金具で広く知られる竹内さんの先代、竹内雅泉師の親方、飯塚友次師です。

父によると、飯塚さんは姫路 産業道路沿いの博労町、つい最近まで姫路信用金庫があったところのほん近くでされていたそうで、その更に親方は荒川さんやそうです。

 

職人の技には必ず系譜があります。歴史に触れた出来事でした。

 

誰かがしてくれていた

新年ということで行事が続きます。
きのうは消防出初め式、きょうはとんどでした。

消防は昨年に入らせてもらったとこなので、初めての出初め式。祭りの盛んな地区の方とこの話しをすると、え、いまからかいな、と笑われます。ワイら、30代で団長もしてもう抜けたで、と。

我々の地域ではこの歳でというのはよくあるんです。

さて、新入りだからということでしょうか、旗持ちを託されました。

なんともらしさがない情けない感じです、。

青空のもと、日向であれば言うほど寒くない天気で清々しく参加することが出来ました。

 

変わってきょうは朝から雨。小学校校庭でのとんどは中止となりましたが、体育館にて各種舞台とお餅・豚汁などの振る舞いがありました。PTAの役をしてるので世話方です。

PTAは丸3年になります。入ったとき思ったのは、今までどなたがして下さっていたんだな、ということ。これは消防でもそう、どんな役目でもそうですよね。

4月から娘が6年生。恩返しのつもりであと一年全うしようと思っています。

 

そうそう、餅つきの臼はケヤキのものでした。

歌口(笑)2尺。ついつい祭りの太鼓のことを想い浮かべ、昨今の相場を考えるとこれもそこそこエエ値がするやろうな、などど周りと盛り上がりました^^

さあ、戻って仕事します。

 

部品

年の瀬から曽根南町の屋台に掛かっています。

布団屋根は曽根北之町さん、福崎吉田さんに続き3台目です。

まずは分解から。
過去携わらせて頂いた2台に続き今回も木場の福喜棟梁のお仕事です。なので構造は頭に入っています。ちなみに初めての北之町さんのときは分かっていなくて探り探りだったので、バラすのにも時間が掛かりました。

屋根と斗組が分かれた状態。
ここから順番に外していきます。さいしょに一番上の肘木と小斗。

 

この次の段は通し肘木になっています。

その通し肘木の裏板を外しますと、

こうなります。この状態から天井を外すと通し肘木を外すことが出来ます。

このあとは各隅ごとに分かれます。

布団屋根といえば、私たち塗師にとって大きなボリュームがある所のひとつがこの斗組。

曽根南町さんの場合、小斗だけで約400。神輿屋根屋台では通常48個。実に8倍。

続きは姫路の職場なのでクルマに積みましたら、もういっぱいです。

がんばります。

 

テレビ

普段テレビは見ないのですが、プロフェッショナルと情熱大陸、それとおぎやはぎの愛車遍歴(笑)だけは録画しています。かなり前から、あまりに録画機本体のハードディスクの容量をくってるからなんとかして、とたびたび言われておりまして、正月休みにディスクに落とすという作業、(なぜこんな言い方をするかというとしたことがないからです)をしました。

近くの電器屋さんでまずディスクを買うところから話しますと、まずその容量に驚きました。100GBて。4.7ちゃうかったっけ、とよく見るとBDと。あぁ、これが噂の『ぶるーれい』やな、とニヤケました。100GBもあるなら一枚でいいかと思いましたがそんなに高くもなかったので三枚パックを購入。

帰宅し、いざダビング、(カセットテープ→カセットテープの中学時代を思い出す。懐かしい。)とおもって選択をし始めるとびっくり、なんと2014年の年末から溜まりっぱなしでした。

而して二枚分完了。いまようやく2017年の春まで来ました。これでまたしばらく放置できます^^

いつ観れるやも分かりませんが場所を取るもんでもなし、なんだかスッキリとしていい気分です。

 

あと、正月番組いくつか観ました。

そのなかで、誰もが憧れる有名人でも「誰かに嫉妬する」的な内容のものをたまたまやってました。印象に残ったエピソードがふたつ。

オリンピック柔道60kg級で金メダル三連覇をした野村さん。元々好きな選手でした。その野村さんが恩師(指導者)の方のことを話されていました。あるオリンピックで自分が金メダルが決まった瞬間、恩師を探して駆け寄ろうとしたらどこに目をやっても見当たらない。曰く、賞賛を受けるのは選手だけでいい、とその恩師は決勝の試合の終了と同時に会場を後にされていた、と。あの恩師には、嫉妬というか追いつけないな、と思われたそうです。

もうひとつ。音楽の世界で一時代を席巻した小室哲哉さん。かつて自分の番組に吉田拓郎さんを招いた時のこと。吉田拓郎さんは終始歯に衣着せずに本音で話し、小室哲哉さんにとっては厳しい言葉が並んだそう。その収録が今まで一番凹んだと。その後月日は流れ、小室さんが表舞台から離れ、全盛期からすると厳しい逆境に陥ったそんなとき、あるところで吉田拓郎さんに鉢合った。そのとき二人に会話はなかった。ただ黙って吉田拓郎さんは小室さんを抱きしめた。小室哲哉さんは涙が流れていた、と。

人を想う、ということ。とても心に残りました。

 

テレビも良いことしてますね。

 

謹賀新年

新年、明けましておめでとうございます。

旧年中はご贔屓にして頂き、誠に有難うございました。
ことし平成30年も今までと変わらず斯業に邁進してまいります。

本年度は、すでにたくさんのご依頼を頂戴しております。

急がず、いま目の前にあるものを丁寧に、着実に。
その先に喜んで頂けるお客様の顔を浮かべながら一歩ずつ進めてまいります。少しお時間を頂きますが宜しくお願い申し上げます。

新HPについて、いろんな方々から思った以上に様々なご意見を頂きました。その多くは好意的に受け止めて下さる内容でしたが、やはり、私自身も少し気にしていたご意見も頂戴しました。敷居が高くなったのではないか、というご意見です。

今回のリニューアルにあたっては、プロのWEBデザイナーはもちろん、カメラマン、さらにプロのライターさんにもお力を頂きました。

果たして、ご覧頂いている体裁が叶ったのですが、自分で客観的に見てもなかなかの雰囲気で、少々戸惑ったのも正直なところです。気遅れや気恥ずかしさと言いますか。

もちろん、仕事に対する何かが変わったということはなく、今まで通りこれからも、何も余分なことはせず、かといって手間も省かず、まっすぐ漆塗りに向き合っていきます。
気位が高くなったなどということはまっったくございません。
(直接知って頂いている皆様にはよく分かって頂けていると思いますが)

いままで届かなかった皆様にうちのことをより伝わる形で発信したかった、
それだけです。

年末にも書きましたが、修正するところは修正し、追々内容も厚くしていきますので宜しくお願い致します。と言いますか、仏壇屋のHPにいつもこんなにも訪ねて下さって感謝感謝です。本当に有難うございます。

 

さて、年末年始ですが、
年末は大晦日まで走り回ったものの、明けて元日二日は親戚とのあいさつを交わし、久しぶりに何も仕事をしない時間を過ごせました。

きのう三日は、さあ仕事と思ってましたが、子供たちからリクエスト。ことしは秋まで休みが取れなさそうということもあり、正月くらいは、ともう一日ゆっくりさせて貰いました。

きょう一月四日から平成30年を始めます。

がんばります。

 

HP リニューアル

1999年の暮れ、手作りで開設した当店ホームページですが、18年を経てリニューアルしました。

自社サイトとしては結構な先駆けやったと思います。

まだ電話回線で接続していた時代。
パソコンを購入し、ホームページビルダーで見よう見まねで制作。

アップロードも大変な時間を要してました。

ちゃんと表示されるか、当時姫路駅前にあったNTTのインターネットのフリースペースに通い確認、懐かしい思い出です。

 

なかなか更新に時間を割けませんでしたが、なんとか今まで維持することが出来ました。

より多くの方に、より深くうちのことを知って頂きたい。その思いからの、こんかいの更新です。

この年跨ぎに間に合わせるため、まだ完全な形になっておりません。今後少しずつ、元々の情報を掲載し、充実していきます。

新たに制作した”厨子”についても、さらに画像や情報を掲載してまいります。

 

これからも私ども砂川漆工芸/砂川仏檀店を、どうぞ宜しくお願い申し上げます。