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すこし変わっていたわたしの少年時代。
通っていた小学校には4年生からなんとかクラブとかいう課外授業があった。
ある日先生からプリントを配られ、
この中からひとつやってみたいクラブを選びなさい、と。
どんなものがあったかほとんど覚えていないが
4年のとき選んだのは「手作りおもちゃ部」。
その部にしたのはクラスにひとり。
してみたいクラブはそれしかなかったのであまり気にせずにドキドキどんなことをするのか初日をたのしみにしていた。
果たして念願のそのクラブの日、
4,5,6年生が対象のクラブのはずなのに集合場所の教室には10人ほどの生徒がまばらに座っていた。
あきらかに不人気クラブだった。
カメラにもすこし興味を持った。
手作りおもちゃ部がおもったようなものを造る内容ではなくがっかりだったのもあって5年生で写真部を選んだ。
また少数派だった。
そんな折、コダックからディスクカメラとやらがお目見えした。
平面のフィルムが放射状に15枚並べられたその仕組み、
その夢のような未来を感じさせる斬新さにまた興奮した。
お年玉を貯めて買おうと誓った。
カメラに詳しかった父からあんなもんまともに撮れる筈がないと一蹴され、それは実現はしなかったがいまおもえば良かった。
後からわかったのだが指摘はそのとおりだったようで、
画質が悪い、現像もプリントも割高等の理由で物自体は数年で製造中止、
それが肝のフィルムも造られなくなったそうで、
世紀の失敗プロダクトだったようだ。
家では兄が自転車に興味を持ち始めた。
デコトラのような方向指示器が付いているようなノリの自転車が過去のものになりつつあり、次は「ドロップハンドル」だった。
丸石・ナショナル・ツノダ・ミヤタ・アラヤ等々、カタログがわんさ。
いまもこのカテゴリーがあるのだろうか、兄は一台の「ランドナー」を選んだ。
わたしは兄が絶対に帰ってこない日を見計らって足の届かないそれに無断で乗ってまた興奮していた。
兄はその後、中三でそのランドナーで横浜に行くなどの偉業を終え「ロードレーサー」に向かった。
時代はすこし下りわたしが高校一年のとき。
兄のすることをいつも後追いしていたわたしはこれまた数年遅れで入学祝とかをかき集めなんとかお金を工面して「ロードレーサー」を買った。正確には専門店でフレーム・ホイール・サドル・メカ等を指定して組んでもらった。
人生初の自分で買った憧れのマシーン。
二階の和室が自分の部屋になっていた当時、
まいにち狭い階段を運び上げ枕元に置いていた。
とても大好きで大事にしたが半年ほどであるとき忽然と盗まれた。
再会、
先週の木曜日、
その忘れられるはずもない青春の愛馬、(と限りなく近い個体)に道すがら出会った。
鮮やかなブルーメタリックのフレームには黄色で「ZUNOW」、フォークはクロームメッキ、
メカはシマノの700EX(だったか)、サドルはサンマルコ、
ハンドルはバータイプだったがほかの内容があまりにも同じ。
盗られた場所からそう離れていない。
見た瞬間、わかった。
というよりその自転車の50メートルくらい手前からなにか胸騒ぎがした。
手元から離れて20年。
乗っていた人が盗った人だなんて決していえない。
その人の「選択」が偶然一緒だったんだろう、とおもいたい。
再会、ではなく遭遇だったとおもいたい。
いずれにせよ20年の時を隔ててわたしにあの頃の気恥ずかしく甘い青い感覚を呼び起こさせてくれる出来事だった。
過去の引き出しがすごい勢いで開いた。
過去の自分に、再会していた。
だれしもある過去の記憶。
その人しか知らない記憶。
そのほとんどはだれにも伝えられずそのきっかけもなく自分だけのものとして心に在り続けるのだ、とあらためて気付きおもった。
語られる過去、
語られない過去、
歩いてきたすべての過去が自分をつくっている。
日々の生活で意識することはないが、
自分を支え、立たせ、未だ来ぬ日へ向かわせる。

5/29「再会」のつづきです。
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